[2025_12_12_09]後発地震注意情報、今こそ東日本大震災の教訓刻んで 岩手日報×東大大学院・渡辺研究室「忘れない」(岩手日報2025年12月12日)
 
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後発地震注意情報、今こそ東日本大震災の教訓刻んで 岩手日報×東大大学院・渡辺研究室「忘れない」

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 青森県東方沖を震源とする最大震度6強の地震、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」発表と津波への警戒が続く中、東日本大震災の教訓を再確認する動きが各地でみられる。岩手日報社と東京大大学院・渡辺英徳教授の研究室が制作したデジタルアーカイブ「忘れない」も教訓を伝えるコンテンツの一つ。亡くなった人の動きから遺訓を刻む「犠牲者の行動記録」、避難所や生活再建の課題を浮き彫りにした「震災遺族10年の軌跡」は、次の災害で命が失われてほしくないとの遺族も思いを反映し、備えの大切さを訴えている。

 「青森県東方沖地震発生。こんな時だから、東日本大震災を振り返る。−渡邉英徳研究室×岩手日報社『忘れない』を手がかりに−」と題された記事が、投稿サイト「note」に掲載された。

 逃げた先が低地だったため亡くなった人の動きから「行動した人ほど助かったという一般的なイメージ」とは異なると紹介。生き延びた遺族や行方不明者の家族は避難所を転々とし、住宅再建の困難や移転後のストレスもあると取り上げ、日常の備えを見直すよう意見をつづっている。

「犠牲者の行動記録」の画面。地震発生から津波襲来までの動きを直線的に可視化した

 「犠牲者の行動記録」は2016年3月から岩手日報社のホームページ上で公開している。地震発生時と津波襲来時の居場所が判明した犠牲者1326人の避難行動を地図上で再現・分析し、避難の教訓を伝えた。遺族の了解を得た687人は実名で掲載した。

 犠牲者は半数超が自宅にとどまったほか、避難所が低地で津波にのまれた人も多かったことが分かった。事前に避難訓練をした場所を避難所と思い人が集まった例、過去の経験や防潮堤の高さから被災しないと判断した人たち、海近くに立地した高齢者施設の悲劇などもあった。

 「犠牲者の行動記録」より。避難所だった陸前高田市の体育館に集まる人々の様子が分かる

 分析結果を受け、岩手日報社は▽とにかく逃げる 逃げたら戻らない▽避難場所を過信せず、少しでも高い場所へ▽助かるための避難訓練を▽「ここまで津波は来ない」は通用しない▽災害弱者を救うルールづくりを−の5項目を提言した。

「犠牲者の行動記録」から分析した災害から命を守る提言

 発表後、岩手県内の学校だけでなく、愛媛県や宮崎県など南海トラフ巨大地震の想定域での授業にも取り入れられた。一連の報道は日本新聞協会賞を受賞。英語版、インドネシア語版も発表し、陸前高田市の東日本大震災津波伝承館の常設展示にも入った。

 岩手日報社と東京大大学院の渡辺英徳教授の研究室が共同制作したデジタルアーカイブ「忘れない 震災遺族10年の軌跡」は、東日本大震災の復興の課題や、教訓を後世に伝える取り組みだ。遺族や行方不明者家族458人の生活再建の歩みを地図上に再現。コメントの言語分析も交え、ウェブ上で発信している。

「震災遺族10年の軌跡」

 犠牲者遺族、不明者の家族の生活再建の歩みをたどるデジタルアーカイブ「忘れない 震災遺族10年の軌跡」は21年3月に発表した。本紙記者が対面取材した内容で構成。地震後の避難場所から仮設住宅、本設住宅再建へと移り歩く様子を分かりやすく表現した。

 生活再建に至るまでの居所は平均4.4カ所。仮設住宅に落ち着くまでの期間の移動回数が多い。再建に5年以上かかった人は51.3%に上った。

 不明者家族は、遺体が見つかった遺族よりも、再建時期や場所が思い通りに進まなかった割合が高かった。課題を踏まえ「最後の一人まで寄り添う支援を」「5年以内の再建へ制度整備を」など、生活再建に関する五つの提言を掲げた。

「震災遺族10年の軌跡」から導かれた「生活再建五つの提言」。2021年に紙面で詳報した

 調査の対象は、2012年に始めた犠牲者追悼企画「忘れない」の取材時から継続的に協力いただいた遺族や不明者家族で、458人の回答を分析。大切な人を失った悲しみは消えるものではないこと、その中で必死に生活を立て直してきたことが浮き彫りになり、一人一人の声を伝えようと紙面とウェブで展開した。

犠牲者の人となりを「生きた証し」として紙面に残した追悼企画「忘れない」。取材を受ていただいた遺族の思いから、デジタルアーカイブに発展した(紙面をぼかしています)

 後発地震注意情報発表は、巨大地震が必ず発生することを意味するものではないが、冷静に日常生活を送りつつ、命を守る備えが重要となる。そのためにも東日本大震災の教訓を再確認することは大切だ。「次の災害で命を落とす人がいませんように」「私のようなつらい思いをしてほしくない」。遺族の思いに触れ、備えを点検したい。

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渡辺英徳教授の話

 青森県東方沖地震を受け、SNSやnote記事を通じて「忘れない」シリーズが、特に若い世代によって再び拡散・参照されている現象は、極めて重要である。これは、デジタルアーカイブが過去を懐かしむための静的な「記録」ではなく、切迫した状況下で「生き延びるための知恵」を引き出すための動的なインフラとして機能しつつあることを示唆している。あの日のデータを今の自分に重ね合わせることで、私たちは擬似的に被災体験し、行動を変えることができる。

 近年、私たち研究グループの活動は過去の継承にとどまらず、現在進行形の災害対応へとシフトしている。ウクライナ侵攻や能登半島地震、そして近年の風水害において、ドローンや3D技術を駆使し、被災状況を即座に「デジタルツイン」として再現する技術が実用化されている。

 かつては構築に数年を要したアーカイブが、今や災害発生直後からリアルタイムに生成され、被害把握や復興計画に即座に役立てられる時代になった。デジタルアーカイブは「忘れない」ためのツールから、「いま身を助ける」ためのツールへと進化してきている。

 しかし、どれほど技術が進化し、精緻なハザードマップやリアルタイム情報が手に入ったとしても、最後に「逃げる」意志決定を行うのは、生身の人間である。「忘れない」の行動記録が突きつける最も重い事実は「自宅にとどまった」あるいは「避難所を過信した」ことで失われた命があるという現実だ。「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が出ている今、このアーカイブを単なるデータとして見ないでほしい。そこにある「無念」と「遺族の後悔」を想像し、正常性バイアスを打ち破る力に変えていくこと。それこそが、犠牲者が遺してくれた最大の遺訓であろう。

「犠牲者の行動記録」

「震災遺族10年の軌跡」
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